<   2011年 04月 ( 8 )   > この月の画像一覧

Tシャツ展へ

下井草のギャラリーへ行ってきました。
職場の利用者さん5人と一緒に。
とても素敵なTシャツがたくさんあった。猫の絵のTシャツを一枚買って帰ったのに、着てみたら小さかった。
う~~~、同僚にわけを話すと、買い取ってくれた。
e0133087_20385047.jpg

左のTシャツは、Y愛学園Nさんの作品、右は同じくY愛学園ステップの、Mさんの作品。
どちらもとても素敵でした。
e0133087_20391499.jpg
e0133087_2040419.jpg

[PR]

by oume1116 | 2011-04-29 20:40 | 日記 | Comments(0)

ひだ紀子 感動の3452!!

青梅市議選が終った。一期目からみんなで応援をしている、ひだ紀子さんが、見事、二期目もトップで当選した。本当にうれしかった。
選挙事務所なんてない、達磨ももちろん置かない。必勝と書いた鉢巻なんてしない。
組織票も一切なく、自治会などの支援団体ももちろんなく、いかなる組織からの支援を一切受けていない、完全なる無党派。そんなひださんが、3452票もの支持をいただけたことに、感動を覚えた。4年間こつこつと、誰に何を言われようと、おかしいことはおかしい、だめなものはだめ、議会で孤軍奮闘がんばってきた。議会からの丁寧な報告を書き、自らも一軒一軒の家にポスティングし、議会と市民との橋渡しをしてきたひださん、それをしっかりと見てくださった人が多かったのだと感じた。一生懸命に職責を全うした4年間を、きちんと評価していただけたのだと思う。本当に自分のことのようにうれしかった。
二期目の今回の選挙、厳しいかも・・・といわれていた。「前回トップだったか、ひださんは大丈夫だよね?ひださんと一緒に活動できそうな人を、応援してもいいかと思うけど。」とあちらこちらで言われた。これが大変危険らしい。「大丈夫作戦」という揺さぶりの方法があるらしい。
車で走ると、どこの候補者のところも、動員された支援者たちで、にぎわっていた。ひださんの選挙事務所は、すんでいるアパートの一室。静かなものだ。電話かけも「私は苦手」という人が多く、全部の電話が埋まったのは、最後の土曜日の一日だけ。
名前の連呼と、お願いします!!とがなりたてることなく、静かに、伝えたいことを話す。
演説会も、動員はせず、選挙カーで時間と場所をお知らせするだけ。毎日、一時間だけ部屋を借りて、お話をした。身内だけが10名ほど集まり、見知った顔を前に話す。それでも手を抜かない。1000人の支援者の前だろうと、一人だけの前だろうと、変わらない口調で、きちんと話をする人。それが、ひだ紀子。政治の世界へ入るきっかけから始まり、今後のビジョンで締めくくられた一週間。書いているときりが無いので、省略。話が大変わかりやすく、ひきつけられ、にぎやかしのつもりだったのが、明日はどんな話がきけるかと、楽しみになっていた。ゴールデンウイーク明けには、選挙後の報告会が予定されているので、多くの人に聞いてもらいたいなあと思います。

応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!!

e0133087_1030488.jpg

[PR]

by oume1116 | 2011-04-26 10:30 | Comments(6)

伊良皆師匠50周年記念リサイタル

我らが伊良皆高吉師匠の芸暦50週年記念リサイタルが行われます。
八重山の心そのもの、伝説のリサイタルになることでしょう。
八重山好きの皆様、ぜひお越しくださいませ。
東京で、本物の八重山古典音楽を聴く機会はなかなかありません。
絶対に、お勧めです。
今回は客席でじっくりと聴きたいと思います。思えば師匠の唄を、ライブ以外で堪能したことが無いので、今回は
じっくりと、聴きたいと思います。
e0133087_17162070.jpg

[PR]

by oume1116 | 2011-04-24 17:15 | 八重山古典音楽 | Comments(0)

W林さん、安らかに・・・・。

今朝、玄関で、職場の男性職員のS田さんの顔を見たら、目がパンパンにはれていた。
昨日、泣きに、泣いたんだなーと思った。
W林さんが亡くなり、お別れ会だった。
通夜、告別式はなく、斎場で荼毘にふすだけのお別れ会。
私は、お別れに参列ができなかった。
とても残念だった。最後をしっかりと送ってあげたい思いがいっぱいだったのに・・・・。
そういう、体制をとっていないのだ。
ため息が出てしまう。同じ屋根の下で過ごした仲間が一人この世を去った。重い障害を抱え、一生懸命に生きた。強い風が吹けば、飛んでいってしまいそうな、細い体だった。それでも、一生懸命に命をまっとうした。
その命を、何でみんなで見送ってあげられる体制をとらないのだろう?大いなる不満。
ここ数年、一年にお一人位亡くなる。そのたびに、私はいつも、うなだれる。
私がこの施設の一番偉い人だったら、こんな旅立たせ方は絶対しない。
もっと、真心をこめてみんなで見送り、まっとうした命を祝う。

若林さん・・・・、大変な人生でしたね。
お疲れ様でした。何一つ、悪事を働いていない貴方は、きっと今頃、極楽浄土で至福のときをすごしていることでしょね。
お疲れ様でした!!合唱
[PR]

by oume1116 | 2011-04-19 23:52 | 日記 | Comments(5)

花盛り

色とりどりの花が咲いていて、とてもきれいです。
職場に行く途中の桃の花、つい見とれてしまい、危ない、危ない。
今日は、義父が一応、退院。二日間家ですごし、げつようびには、大動脈瘤の検査です。
心配です。
e0133087_1621472.jpg

e0133087_16224543.jpg

そして、明日は青梅市議選の選挙戦のスタート日。
知事選ではがっかり、淡い期待はやはり淡かった。
清き一票を大切に、投票してほしいものです。
[PR]

by oume1116 | 2011-04-16 16:24 | 日記 | Comments(0)

彼が

生きていたら、今のこの惨状を、なんて表現するんだろうか?

そして、どこに救いの光を見出すのだろうか?
[PR]

by oume1116 | 2011-04-10 20:10 | 日記 | Comments(0)

今日の出来事

被災地気仙沼にある、都外施設(東京都の管轄の施設だが、東京都以外にある福祉施設)への、支援者の
申し込みをした。長期にわたっての支援となると思うので、いつでも必要なときには、行きますと、記入し提出してきた。6名1チームで、一週間づつ、被災地の福祉施設にいき、スタッフとして支援活動をするとのこと。
阪神淡路大震災のとき、息子がまだ赤ん坊だった。何もできることがなく、子供を背中に背負って、一万円札を握り締め、郵便局へ向かった。義捐金を送ること、子供を育てていくこと、そのときはそれが自分にできることだった。子育てを終え(うまく育ったのかどうかは、?ですが)、今回の未曾有の大震災に心痛み、とにかくできることは何でもしよう決めた。義捐金はもちろん、直接被災地へ、必要であるならば行きたい。そう思っている。

義父が、入院してしまった。胆のう炎。食事ができず、おなかが痛かったらしい。
点滴治療のため、4~5日入院する。仕事が終わってから病院にいくと、ちょうど点滴も終わり、病室へ行く直前。
顔色も戻り元気になっていたので、ほっとした。
しかし、かなり大きな、大動脈瘤があり、それをどうするかが大きな問題。
そして、とても心配。いい方向へ向かいますように・・・。
祈るしかありません。

R授がデート。まだ帰ってきません。青春だな~。
[PR]

by oume1116 | 2011-04-07 21:26 | 日記 | Comments(5)

お疲れ様でした!!

31日、35年の長きにわたり、Y愛学園の職員として働いていた、K林さんが定年を迎えた。
職場の歓送迎会とは別に、大々的に送別会を行う予定であったが、東北出身のK林さんは「いいからいいから、こんなときに、送別会なんてしてもらわなくていいから。」とご辞退された。昼間は利用者さん総勢50名と職員で、お別れ会を開き、その晩は、数十人でささやかな送別会を開いた。大変喜んでくださり、いつもより多めに、鳥飼を飲んで、つぶれてしまわれた。こんなに飲んでつぶれたことは無いと、おっしゃっていたそうだ。ひとつのところで、長く勤め上げたことの無い私は、定年まで務め上げた方を送るとき、本当にいつも「すごいことだ」と思ってしまう。「初めてきたときは、まだ、髪がふさふさだった。T子は成人式も迎えていなかったし、みんな本当に若かった。35年という月日を、ともに送ってきたことは、忘れない。」とても愛情のこもった言葉を残していった。定年で辞めてしまわれるが、児童部から、用務員として、週に何日か着てほしいとお願いされ、時々来るとのこと。よかった。
いろいろと、お世話になりました。「車のエンジンがかからない」と電話をかけるとすっ飛んで見に来てくれ、途中でエンストしたときも、飛んできてくれた。「女子棟のトイレがつまった」「たんすが壊れた」「水道の水がちゃんと止まらない」などなど、K林さんに相談すると、すぐに来てくれ見てくれた。本当に頼りになる方だった。
お疲れ様でした!!本当にありがとうございました!!
飲みすぎに注意!!
[PR]

by oume1116 | 2011-04-02 12:22 | 日記 | Comments(0)