元気の出る聖書の言葉「全てを益に」

「元気の出る聖書の言葉」
私がクリスチャンとして歩むきっかけを作ってくれた、愛すべき友人がいつも、転送してくれる。それを、さらに、自分のブログに転送している。転送、転送また、転送。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを私たちは知っています。なぜなら、神は、あらかじめ知っておられた人々を、御子と同じ姿にあらかじめ定められたからです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。ローマ8:28-29

私たちには、思い出したくない記憶や消してしまいたい過去があります。それがなければ、現在の自分はもっと輝いていただろう、今の苦しみはなかっただろうと思うからです。

確かに、私たちは例外なく、悪魔に踏みにじられる暗闇の時を通りました。そんな時はないほうが良かったと思うのは当然です。

イエス様も極限まで悪魔に踏みにじられ、死の底に突き落とされた時がありました。十字架の苦しみを受けられた時です。しかし、その時こそ、イエス様が悪魔に勝利なさった時でした。十字架の苦しみの中でも、イエス様の中にあった愛は、ビクともしなかったのです。十字架こそイエス様の栄光でした。

このイエス様の愛の光が、私たちの過去の暗闇、あのないほうが良かったと思ってきた暗黒の時を照らしてくださる。その時、あの暗闇を支配していた悪魔が打ち倒される。

その時、私たちは知ります。私たちは悪魔のものではなく、イエス様ものであることを。

あの暗闇の苦しみの時、すでに、神様は私たちをイエス様と同じ姿にしようと決めておられたと言います。見捨てられていたのではなかったのです。イエス様の御手は私たちの下に差し伸べられていた。握ってくださっていたのです。

このお方が、こんな私たちをイエス様と同じ姿に変えてくださる。全てのことを働かせて益としてくださる。

私たち自身がどうすることもできない、私たちの存在の奥底の最も尊い部屋の鍵を握っておられるのは神様お一人です。聖霊だけがこの鍵を開けることができる。その時、私たちは神様に向かって、「天のお父様!」と呼びかけることができる。神の子とされるのです。

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by oume1116 | 2015-06-05 19:57 | 信仰生活 | Comments(0)