青木亮の仕事


一枚のフライヤーが届いた
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6年前に亡くなった、青木さんの奥さんからだった。
7回忌か・・・。殺しても死なないだろうと思われていた青木さん。
その命を奪ったのは、風邪だった。
風邪をひき、具合が悪いのに無理をし、個展に向けて、作品の窯入れをしていた。
風邪の菌が、脳に入り、窯入れの途中、倒れてしまった。
暫く誰も気付ず、お弟子さんが、夕飯を運んできたときには、窯の前で倒れており、救急車で搬送されたが、そのまま帰らぬ人となった。
青木さんは、本当に、面白くて、おかしくて、変で、熱かった。
最初は、まじめな顔しか、見せなかった。
黒縁めがねで、真面目で、無口な青木さん・・と思っていたのに、実は違っていた。そのギャップのあまりのすごさに、みなのけぞった。
のりだしたら、とまらない。それが、青木さんだった。
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ジリ貧生活をしていた私に、よくご馳走してくれた。
妹のように可愛がってくれた。
わずかなバイト生活で、しのいでいた私に、
「みんなに、声をかけてやろうか?30人一人が、毎月千円づつカンパしてくれたら、お前のバイト、少しへらせるだろ?」そういってくれた。私が、お願いしたら、きっと青木さんは、みんなに声をかけて、カンパを募り、私がバイトを減らし、焼き物をしっかり勉強できるように、してくれただろう。青木さんは、妙に人望があり、みんな青木さんが大好きだった。
私も、青木さんが大好きだった。
23年前の青木さんだ。

殺しても死なないような、青木さんの訃報を聞いたときは、本当に信じられなかった。
あの、青木さんが死んでしまうなんて・・・。
葬儀の日は暑かった。写真と、いつも乗っていた大きなバイクが、とても悲しかった。
めったに会えない友人たちと再会できた。
「焼き物の世界は、人脈・金脈・学閥が成功の鍵」の言葉に「そんなものはくそ食らえ!!」と、青木さんは、オリジナリティーあふれる作品を生み出した。
あー、青木さんが、失敗したと捨てておいた皿を、もらって帰って、鉢植えの皿に使ってました。ごめんなさい。青木さん。きっと笑ってみているね。
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by oume1116 | 2010-06-18 22:03 | 日記 | Comments(4)

Commented at 2010-06-20 04:30
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by oume1116 at 2010-06-20 08:13
soraさん、初めまして、コメントありがとうございます。青木さんとは、愛知県の窯業職業訓練で一緒でした。みんなから、とても慕われ、愛された人でした。お酒は飲まなかったのに、宴会では、人一倍飲んだような顔で、場を盛り上げる人でした。
「俺は、太く短く生きるんだ。」と言うことをよく言っていました。その通りに、生きたんだなあと思います。
だけど、もう少し生きていて欲しかったものです。昔は個展に行っても、あまり作品を買うことができなかったけれど、今なら、少しは、恩返しができたのにと、残念です。
青木さんの仕事展、私も、何とか行けたらと思っています。
Commented by widow-motokichi at 2010-06-22 13:33
亡くなった方の話を聞くと良い方ばかり。
天が彼らを側にと召したのでしょうか?
それともこの世での働きを終えたのでしょうか?
なんにしても主の時。
残されたものは懐かしんで出会いに感謝して生き続けるだけですね。
Commented by ayako at 2010-06-23 20:57 x
こんばんわ。
不思議と、逝ってしまった方の、悪いところが、何も思い浮かばない。本当に不思議。亡き母は、父は世界一、いい人だったといっていましたが、実は結構けんかばかりしていましたよ。
でも、いい夫婦でした。
青木さんは、あまりにも突然に召されてしまい、いまだに自分で、「本とかよー!!、俺まだ、やりのこしてるよー!!、もうちょっと、まってくれよー!!」と駄々こねて、あがいていたかもしれません。でもきっと、今は天の国で・・・・・。